2013年6月11日火曜日

ボール

 息子に、久しぶりだね。と言われた。そうだなあ、とボールを受け取りながら言葉を返す。そして、息子にボールを投げ返す。息子の胸めがけて、そこを見つめながら、ビュッと投げた。でもどうして急にキャッチボールなの?
 
昨夜、サラリーマン麻雀に付き合わされたストレスを発散するため、途中で抜けだし、近くのフリーに入った。麻雀を上手いほうだとは思わないが、大負けせずに場代程度を払って帰る程度の実力はあるのでいい趣味だと思っている。だが、知った顔にへらへらしながら酔っ払いと牌を交えるほど社会に染まってはいない。
 卓に案内されてから、いつもどおりの勝ったり負けたり麻雀を繰り返していた。必死に打たないと大負け、だが、必死に打ってもちょい勝ち。これだから麻雀はやめられない。テキトーに打ってマンガンが成就されるサラリーマージャンなど何が楽しいのだ。
 対面の親父が勝ち頭だった。毎局勝負に絡んでくるその姿勢が強者ではないような気がするが、常に大物手を仕上げてくる。マンガン以下を一回もあがらなかったのではないか。強かった。
 数時間打ち、客が来たので抜け、帰るまでの数分親父の後ろで麻雀を見てみた。配牌がいいわけではない。ただ安上がりを拒否し、はじめからマンガンを作りにいくという打ち筋だった。
 強いですね、といった。どうしてそんな風にあがりに向かえるんですか。と聞くと、親父は嬉しいのか千点棒をこちらに投げ、投げ返してみろ、という。

投げ返した。

今、投げるときどこを見ていた?

親父のほうを見ていたはずだ。そうだ、と親父はいう。キャッチボールと同じだ。手元を、ツモをいちいち見ちゃいけねえ、大事なのは向かう先。見るのは上がり形だけさ。という親父の最後に見た上がりは綺麗なメンチンだった。

たまにはいいなあ、と息子は喜んでいた。そうだなあ、と返した。息子のグローブをじっと見て、目をそらさないようにボールを投げた。
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