2013年6月19日水曜日

アサ

 私の部屋には一ヶ月ごとにこうして新しい少年が訪問してくる。大体は親子連れだ。口に咥えたシナモンスティックを離し、目の前の少年と話をする。はじめまして、とか。君の名前は、だとかというありきたりな問いに対し、彼は頭を掻き毟り、聞き取りにくい言葉を空中に散布する。
「すみません、もうすこしで落ち着くとは思うのですか」母親は狼狽しながらも少年をかばう。こういう光景を見るたびに母性の美しさを目の当たりにしたような気分になる。

 私の部屋に訪れる麻薬中毒者は年間で12人だ。
 私は非営利団体を、なんて胡散臭い言葉は使わないようにしているがしていることは似たようなものだ。麻薬中毒者の人間と向き合い、症状を軽くする。そんなことをしながら親から莫大な金を戴いている。
 母親が帰った後、彼を部屋に案内する。
「麻雀?」部屋にある三台の緑色の台の存在を知っているのなら話は早い。

 彼に麻雀のルールとこの部屋のルールを説明した。といっても麻雀のルールは使い古された本を渡しただけだったが。
 この部屋のルールは簡単だ。
一日の初めに賽で台を決める。
一日、同じメンツで打ち続ける。
トータルトップならなんでも好きなことができる。それだけだ。
「好きなこと?」
「なんでもいい」
「薬が欲しい」
「くれてやる。勝ち切れたらね」

 麻雀は不思議だ。勝っていても一瞬のミスで負ける。そのくせ、負け癖がつくとどんな幸運すらも手から零れ落ちる。負の連鎖が身を焦がす。這い上がれなくなる。だが、止められない。その身を焦がす思いから開放されるためには、打ち続けるしか道はない。

 少年は一週間、一度もトップに立てなかった。爪を噛み、頭を掻き毟り、頬を抓り、顔を洗い、据わった目で牌を見つめる。そんな生活を何日も続け、彼が入居して22日、やっとトップで一日を終えた。

「おめでとう、何かほしいものはあるかい」
「麻雀が強くなりたい、麻雀を教えてください」

 これで彼はもう麻薬中毒者じゃない。

 立派なジャンキーには違いないが。

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