雀荘の店長をしていると妙な常連客も寄り付いてくる。雀荘という商売上しようがないことなのかもしれない。やんちゃな若者や酔っ払いならなだめてやればいいが、ぼけた爺さんは特にやっかいだ。
ヒフミさんは常連客の一人だった。御年74だというひふみさんは普段はいい爺さんなのだが突発的に大声を出したり牌を叩きつけたりしてしまう。つまりは呆け老人だ。少ない年金を握ってやってきてくれるのは嬉しいが、店の建前もある。そろそろ出禁の旨を伝えようと悩んでいた頃だった。息子を名乗るミロクさんが店にやってきた。
親父、帰ろう。とミロクさんはいう。だが、ヒフミさんは「お前は誰だ。息子なんぞいない」といって聞かない。親父、こんなになっちまって…と嘆くミロクさんの腕から龍の彫り物がちらりと見えた。
「店長さん、すまねえが、一局囲んでもらえないかい」と息子のミロクさんに頼まれた。ここは雀荘なので断る理由はない。「親父、麻雀打ちながらじゃねえと昔からおれの話聞かねえんだよ」隣のボケ老人は麻雀が打てるとなるととたんに機嫌をよくし、背筋を伸ばし卓についた。
ヒフミ爺さん、ミロクさん、私での三人麻雀が始まった。私は大人しく帰ってくれればそれでよかったので、場を荒らさずじっとしていることにした。
ヒフミさんが、ドラの北を抜く。一枚、二枚。数巡後さらにオタ風の西を暗カン。新ドラはイーピン。捨て牌はソーズの染め手模様、だが、テンパイはまだだろう。カンをしたときはツモ切り、わざわざカンしたのだからテンパイがベターだからだ。爺さんはこの辺りがぬるい。
ミロクさんも同じ考えなのかソーズを強打する。
「ロン」メンホンドラドラに刺さる。私とミロクさんは目を見合わせた。
「囮じゃよ、ぬるいんじゃないかい。ミロク」さっきまでお前は誰だ、などとミロクさんに言っていたのに調子のいい爺だ。ミロクさんは目を少し赤らめ腕をまくった。龍の叫び声が聞こえるようだった。
「へえ、すまねえ親父。見苦しい麻雀を。男ミロク。約束を果たしにムショから帰ってきやした」物騒な話が始まり閉口した。二人の会話は終わらない。「引導を渡させていただきやす」引導も何もこの爺さんは隠居生活をしているはずだが。そう思い、ちらりとヒフミさんを見ると若々しい目をしていた。ぎらぎらとした炎を理性で小さくとどめて入るような博徒の目だ。
「わしの脳はもう長くはもたんから手短にな」博徒はじとりとそう言葉を滲ました。私はその声で手に汗を書いていた。
「カン」ミロクさんが2ピンを、さらに5ピンを「カン」くっと笑うヒフミさんは東をカンし手出し4ピン切りだ。考えたくはないが、2-5ピン待ちをミロクさんが潰し、ヒフミさんは34ピンの形から3ピンを重ね、334からの打4ピン。そうなるなら3ピンと何かのシャボが濃厚。問題は、テンパイか否か。
私は邪魔するわけに行かないので、現物で一巡凌ぐ。
場が沸騰する中、ミロクの選択は1ソーだった。
しばらくの沈黙が続く。
ヒフミさんは山からツモを引き寄せた。
「ツモ」の発声と同時に卓上に顔を出したのは麻雀の神様1ソーだった。
うなだれるミロクさんに、じいさんは暖かい微笑を向けた。麻雀が終わると、ヒフミさんはいつものとぼけた爺さんになってしまった。その日以来、ヒフミさんは来ていない。風の噂ではガンを患ったらしいが、真相はよくわからない。
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