東京のオフィス街のとあるビル。僕はここの会社の営業マンとして働いている。働き始めて3年とすこしがたった。
「何回同じこと言わせたら気が済むんだよ!本当にいつまでたっても使えない奴だな!」と言ってくる部長に対して、すみません、と謝ることにも何も思わなくなってきた。毎日同じ電車に乗り、同じ時間に会社に行き、同じような仕事をこなしている。これを乗り越えるのが人生だと言い聞かせてはみるが、本当にそうだろうかと何度も思う。
休みの日、懐かしい駅に降りた。大学のとき、毎日見ていた駅。この街に来るのも何回目だろう。仕事に疲れるとここに海を見に来る。学生の頃住んだ街に来ると、なぜか落ち着く。海を眺めながらタバコに火をつけた。(飯でも食うか)と思い、歩いていると懐かしい看板が目についた。雀荘「トンチンカン」の看板。
「懐かしいなあ。」ふと口から言葉が出た。雀荘の階段を昇った。学生のころ友人たちと何度か来た雀荘。遊ぶといったら麻雀だったなあ。
「いらっしゃいませー!すみませんね、お客さん今ちょっと僕だけで…」
目の前には、大学のときの友人のケンジがいた。
「ケンジ…?お前会社は?」
「やめたよー」けらけらと笑いながらケンジはそう言った。
「やめたって、お前今何してるんだよ!」
「ここでバイト。アキこそなにしてんの?まぁ、座れよ。」
雀卓のいすを引かれながら、久しぶりに大学の時のあだ名で呼ばれた。
「はぁ、なんで辞めちゃったんだよ。人間関係とかか?」
「いやまぁ、」苦笑いしながらケンジが言う。「なんとなくだよ。なんとなく違う気がしたんだよね。」といいながら棚をごそごそとするケンジ。
「コーヒーでいいか?」
「あ、あぁ…ナシナシで。」
気まずい沈黙が流れる。沈黙に耐えられなくなったのか。
「暇つぶしにゲームでもするかあ。」とケンジが口を開いた。麻雀牌を伏せてかき混ぜている。「面子足りないときによくしたよな。」ケンジがそう言い、思い出した。
「おお、懐かしいなぁ。牌の種類を当てるやつだな?」
伏せた麻雀牌が、ピンズかマンズかソーズか、字牌かを当てるだけのゲーム。4人集まるまでの暇つぶしによくしていた。
「先に三回当てた方が勝ちな、ぴーんず。」
そうケンジがいい、めくる。牌はイーピンだった。
「ほれ、おまえだぞ。」
「…マンズ。」ソーズの6.外れだ。「で、何で雀荘にいるんだよ。」
「あー、なんとなく駅歩いてたらさ、この店のこと思い出して入ったんだよ。で、ここのマスターとな、ちょうどこのゲームしたんだよ。そしたらここのマスター…百発百中で当てやがったんだ!すごくねえか!マンズ!」
マンズの5。ケンジ的中。
「…で?」
「会社辞めてバイト。」
「馬鹿馬鹿しい、ガン牌か何かだろう?」
字牌を指定してめくると白だった。当たりだ。
「と、思うだろう。ところがここの牌は俺が毎日磨いてるんだなあ。」
「ケンジ麻雀好きだったもんなあ。」
「でもアキの方が強かったよ。」
「そうだっけか?」
「うん、上手かった。…ふぅ、イーソー、かな。」ケンジがめくった牌は、イーソーだった。当てなくてもいい数字までぴしゃりと当てた。「俺の勝ちだな。」
満足げにケンジは笑った。
「やっぱりガン牌なの?」そう聞くと、くくっとケンジは笑った。
「なあ、牌を触るときって別に見てなくても触れるだろ?」
ケンジは俺のほうを見ながら手元の牌を触っている。
「まあ、触れるよね。」
「人間ってさ、わざわざ牌を見なくてもなんとなく触れるじゃないか。これって機械にできない人間だけの能力だと思わないか?」俺のほうを指差しながらケンジは話続ける。「このなんとなくを俺は積み重ねていきたいんだよ。」
「なんとなく触れる、なんとなく選ぶ、そしてなんとなく上がれる、そうなるのが今の目標なんだ」にこりと笑うケンジの顔が胸に刺さるような気がした。
「それが会社辞めた理由?」
「ああ、おれはなんとなくこっちの生活のほうがあっていると思う、おかしいだろ。笑ってもいいぜ?」
「いや、うらやましい。」素直にそう思った。「俺にその感覚はないみたいだ。」
「あるよ。」
「え?」
「ある。…イーソー」
そういうとケンジは数多くある牌の中の二枚をめくった。イーソーが二枚、めくれた。さっきのイーソーと合わせて三枚めくれている。
「ひけよ、お前なら」
ケンジはこちらの目を見ながら
「お前なら引ける。」
そうはっきりと言った。どきどきと自分の心音が聞こえる。目の前のことにももちろん驚いていた。でもそれだけじゃなくて、もしかしてこの牌を引くと、僕の生活はまったく違うものになるかもしれない。なんとなく、そんな気がしていた。ドクドクという自分の心音を聞きながら、牌に手を伸ばし、人差し指と薬指ではさみ、中指を添えた。そのまま上に上げ、
バンッと辞表を部長の机にたたきつけた。口の開いた部長を背中で感じながら、会社を出た。自然と口元が緩む。雀卓の上に微笑むイーソーをまた思い出していた。
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