2013年8月7日水曜日

ハイエナとハゲタカ

 対面の学生がドラをポンした。今日はじめて来た青年だが隙のない麻雀を打つ。押すときは押し、引くときは引く。けして手には溺れない。若いのに大したものだ。たとえばドラポンをしていても、「リーチ」いま私がこうしてリーチをかければ、手の内にある中での安牌を使い一発をしのぐ。

さらに押しか降りかを決め見事な立ち回りを見せる。どうやらこの局は降りらしい。
数巡しのぎ、いったん学生は長考に入った。そして通ってない筋を押してきた。

安牌がなくなったのだろう。

だが、おそらくその中でも理にかなった牌の選択をしているはずだ。そういう小さな積み重ねが麻雀の勝利への道そのもので、非常に好感が持てる。できれば彼にはこの卓には座って欲しくなかった。

「リーチ」彼の安牌が尽きたのを見るとハイエナが牌を曲げた。
「じゃあまあおいらも」当然の容易をしていたハゲタカもよだれを垂らす。

 三軒リーチは流れ、などという甘い世界ではない。ここはサバンナよろしく弱肉強食の世界。そしてそんなことは彼自身が一番知っている。
 
ふう、と息を吐きツモ牌を川に並べた。そしてそれを合図にハイエナとハゲタカが牌を倒す。

「けけけ、つかねえなあ兄ちゃん」
「くくく、掴むながれだったなしょうがねえ」


 この二人は通しもすり替えもしちゃいない。ただ、己の嗅覚を頼りに獲物をすすっているだけだ。
 その後、彼は無残に食い散らかされた。
 だが、死を覚悟した男の光悦の表情とはなんと美しいことか。


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2013年7月28日日曜日

ブラフマン

 じっとりとした汗を握りこんでいた。対面の男。裏賭博では見たことのない顔の方が多い。町で自慢の腕自慢がやってきてはすぐに自惚れに潰され、いなくなるからだ。新顔はカモだというのが俺たちの相場だ。だが、この男は。
「消える露」
 対面はぽつりぽつりと言葉を落とす。
「儚い命」
 死神がいつか迎えに来るのは分かっていた。こんな世界にどっぷりと漬かりこんだのは生を実感するためだった。死を隣に置くことで生きながらえてきた。
 どこかでいつ死んでもいいと思っていた。
 だが、死神を目の前にすると、悔しいなあ。まだ生きたい。やり残したことなんかないはずだが、まだ、打ちたい。
 中盤。3色含みの可能性もあるメンタンピンがシャンテンになった。ぶくぶくに構えず、安牌を抱えるようになったのはいつからだろう。麻雀は不条理な事故の連続だ。自分の身を守るのは自分しかいない。この一枚で何度もしのいできたという自負がある。
 対面が生牌の白を手出しした。テンパイ?手代わり?
 次巡、またも生牌の西。
 捨て牌を確認する。強烈。よもやのメンチンまで。
 汗を握りこんだ手を見る。
ああ、まだ生きている。一枚残した安牌を抱きかかえるように胸に寄せた。
安牌を生命線に局を消費する。そう決断した。
その局は全員ノーテンだった。対面がノーテンなどということがあるのか。手を見せないためか。ブラフか。ただ、対面の尋常でない気配が俺の手を止めたのだから、格上と認めざるを得ない。
次局、ドラ2枚を抱えのタンヤオが本線の手が入る。あがれないともう後がない。イーシャンテンでぐずぐずしていると、対面がまたも生牌を手出し。先と同じく染め気配。
だがおれもテンパイ。二択。安牌を抱えるか否か。この手は押し。安牌などいらない。だが、対面の死神が手首を掴んで離さない。結局いつものように安牌を抱え、手をまとめる。
死神は山に手を伸ばし、手のうちから染め色であるはずのピンズを川に並べた。
手を掴んでいた死神が離れた。

確信した。

山に手を伸ばし、テンパイをいれた。安牌に手を伸ばし、川に並べる。死神の手はもはや大鎌を握りこんでいた。俺の捨て牌を一瞥した死神は、鎌を振り落と


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2013年7月18日木曜日

250

「どうすれば麻雀上手くなりますか」
 最近うちによく来てくれる三人組の学生から聞かれた。そんなもんが分かったら苦労しない。それにそれを考えるのが楽しいんじゃないか。と思ったが、あまりにも答えに期待している目をしていたので師匠に教えてもらったゲームをすることにした。

 250

 今はオーラス。持ち点は皆25000。私が親で、学生が子。三万点に達さなければゲームは次局に持ち越し。

 学生たちが皆必死に手作りを始める。3900だと達さないが5200だと到達できる。私の師匠はおそらくそれを教えたくてこのゲームを思いついた。だが、弟子の私たちはこのゲームでそれ以上のことを学んだ。

 学生の一人からリーチがかかる。他の学生は悩むも、無筋を強打する。ささり、リーチ者が一発を含めた5200をあがった。
「なんでいま押したの?」強打した学生に聞いた。
「押さないとあがれないじゃないですか」と答える学生に、「ばかだな、おりれば持ち越しだったのに」と友人たちが非難する。

 そう、そこなんだ。
 
 押し切れば勝てる。
 降りておけばチャンスがあったかも。
 麻雀の上達はこの感覚の繰り返しだ。弟子の私たちはこの嗅覚を散々経験した。こいつは期待値なんて当てにならない。オーラスは皆がけっぷちだ。自分の磨いた鼻を信じるしかない。


 学生たちは皆楽しそうにこのゲームを一晩中していた。三人麻雀でもできるようにルールを考えないとなあ、と眠い頭でぼんやりと思った。


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2013年7月9日火曜日

マンガンガンマン

 卓上に風が舞っていた。乾いた空気が西へ吹きぬける。砂が舞い、全員が軽く目を瞑る。
 にやにやと笑った男が牌を横に曲げる。
「いいのかい。それは宣戦布告の合図だぜ?」カウボウイハットがタバコに火をつける。リーチは相変わらず、にやけ面を隠さない。
 ドラをバーボンが強打した。
ハットがそれをポン。
リーチはにやにやとしながら、ツモを卓に置いた。
「マンガンだ、出直してきな」リーチの頭をハットのマンガンが貫いた。
もぐりが返り血をハンカチでぬぐいながら口を開く。
「あんたが噂のガンマンかい」
「噂のガンマンなんてこの町じゃあ腐るほどいるぜ」
「マンガン一発で相手を沈めるって噂の変わり者のことだよ」
「さあ、どうだろう」

もぐりが染め手を順調に育て、ツモ上がりした。
(マンガン一発なんて噂、どうかと思うぜ。だったら突き抜けちまえばオレの勝ちだろう)
「あんた、もぐりだろう」バーボンが口を手の甲で拭いた。「そんな浅い奴はよそもんって決まってやがるんだ」
 もぐりは黙って安全牌を溜め込んだ。このまま軽流しと降り打ちでこいつらの首は戴きさ。

 マッチが卓を舐め、それを追うように火の手が走る。
タバコに火がつき、ハットのリーチがかかる。
(ここだ、噂なら一発限りの直撃狙い。オレの手には安全牌が山ほどあるぜ?)
 ハットはあがれない。
 そのまま第一ツモを引き寄せる。

「カン」
バーボンがその隣で“パン”と言った。

「ツモ。リーヅモリンシャンドラドラのマンガンは、おっと裏込みで倍マン。逆転かな」
 もぐりの頭を何かが貫いた。
「二丁拳銃のガンマンだって聞いてなかったのかい」

 ハットは手で作ったピストルをふっと息で吹き消した。


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2013年7月3日水曜日

ワイルドゼロ

 私の雀荘は駅から近いこともあってか新規の客が多い。ある暑い夜、暑苦しいのに皮ジャンを羽織ったオトコが来店した。夜にも関わらずサングラスをかけていた。
 もう帰ろうかと思っていたスタッフに頼み残ってもらい、数局打つことにした。
 サングラスは、目が見えないので年齢が分かりにくかったが、比較的若いだろうなと思った。なにより、麻雀が瑞々しく若々しかった。

 サングラスはすべての局に参加し、噛み付くようなタイミングで牌を曲げてくる。脇のスタッフはうっとうしそうに早々と準備した安牌で撤退を始めていた。麻雀というのは、基本的にはどれだけ降りられるかが実力を決める。

 ふと、この若々しい若者から、私は逃げ切ることができただろうか。と、そう思った。
 長年雀荘の店長を勤め、少なからず負けない方法は分かってきた。
 無駄な感情をこめず、無駄な勝負を避けること。

 だが、ギラギラと押し倒してくるサングラスの麻雀こそが、一番麻雀に必要なもので、私がなくしたものなのではないか。

 サングラスのリーチに対し、無筋を何枚も押し、ノミ手を曲げた。運よくサングラスが掴み、リーチ一発のみ。裏が乗らないのは、確実に何かが私に足りないことを物語っていた。

その日、私とサングラスは貪りあうように求めあった。唇を奪うようなリーチに、押し倒されるようなダマテン、奥まで突かれるような倍マン、刺激的な、甘美な夜だった。
麻雀は会話である。しかし、私はその上の領域に性行為のような麻雀もあることを知っている。永遠に続く射精とはこうであると感じるような焦燥感、初めて女を知ったときのような充実感。そんな麻雀がまだできたことに私は素直に喜んでいた。


あの稲妻を人間にしたかのようなサングラスとはそれ以来あっていない。タバコに火をつけ常連のリーチに対し降り打ちを始めながら、ふと、そのオトコのことを思い出した。


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赤い稲妻

 サングラスの奥に赤い稲妻を見た。
ゴミ捨て場に転がった男は震えながら、そう言った。警察は怪訝な顔をしながらも男を連れてパトカーに乗る。こんな事件がこれで何件目だろう。ただ、警察が大きく動く気にならないのは、被害者が幼児でも女でも老人でもない中年のおっさんばかりだからだ。弱者を放っておくと世論が襲い掛かってくるが、この事件がそうでないことを、警察は勘で知っている。

 近くの雀荘に昨夜、夜なのにサングラスをかけ、夏なのに皮ジャンを羽織った男が来た。身内で小遣いをやり取りしている雀荘は、新規に厳しい。男はどかっと座り、空いたら呼んでくれ、と言ったきり眠りだした。サングラスをかけているので本当に眠っていたかは分からないが、ぴたりと動かなくなった。
 サングラスが卓に入ると常連の一人が後ろに座った。
 サングラスはどんなノミ手もテンパイまで育て、リーチと大きな声で曲げた。
 
ズブシロさ。常連は目で身内に合図をした。同卓者たちも軽く目でうなずく。
サングラスはリーチで浮いたり、振り込んで落ちたりを繰り返す。だが、4回やって常にトップだった。

運だけ麻雀か

後ろに座った常連がそう言った。サングラスはにやりと笑った。その日、常連は人生で初めて10連続のトップ劇を目撃した。

降りない。振ってよし。だが、負けは良しとしない。男にオトコを感じたのか、自然と皆がサングラスを称えた。
それが面白くなかった。
常連はサシウマを握り、卓に座った。これ以上の快進撃が続くわけがない。確率的にも、もう止め時さ。

気づくとゴミ箱に捨てられていた。払えない額を乗せ、必死に謝ったが、男は何度も何度も、顔を殴られた。脳裏にはサングラスの奥に見た赤い稲妻だけが残っていた。
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2013年6月25日火曜日

アリゲーター

 扉を開けた瞬間、その喫茶店の評価は済む。コーヒーと煙の混ざり合った匂いを嗅いだだけで、分かる。この一瞬のためにここに通っている。
 いつもの、を飲みながら先の雀荘を思い出す。
 久しぶりに扉を開けた瞬間、いい雀荘だな、と思った。雀荘も喫茶店と同じで、入ったときの煙と熱の匂い、さらにいうならそれらが染み込んだ壁を見るだけで品位が分かる。ここは社会的品位が限りなく低そうで、つまり、私にとっては、品位が限りなく高そうな雀荘だった。

 卓につき、匂いの主な原因であろう大男と麻雀を打った。
 日ごろの行いがいいのか、先日ホームレスに発泡酒をくれてやったおかげか、手が軽かった。

 二巡目にしてチートイツテンパイ。待ち牌は絶好の一枚切れオタ風、南。
 だがここで、ツいてる、と曲げないのが俺流だ。
 期待値、だとか、鉄リー、なんて言葉に頼る人間にこそ効く。最近は素人さんでも引きが上手く、硬い。しかもそれは養われた肌感覚ではなく頭で覚えた期待値というのだから感心する。残り2枚の南、固められないためにはどうすればいいか。

 七巡目、対面の大男と上家がイーシャンテン気配。
 ここだ。
 ここで、ツモ切りリーチ。

 残り枚数が少ないペンカンチャンや単騎待ちを看破されるのは珍しくない。しかし相手がイーシャンテンなら話は違う。イーシャンテンには二種類ある。
 一つはこの大男のように受け入れを重視してぶくぶくに構える形。にやりと笑い大男も追いかけリーチ。待ちは宣言牌の近くだろうか。
 もう一つ、上家さんのように安牌をかかえ、スリムに構える形。頭のいい、スマートな打ち手。

だが、悪いがもう引きずり込んだあとなんだ。そいつが、ロンだ。

 結局そのままツキの雪崩は起きずに小遣いを拾って帰ってきた。このコーヒーを飲んだらまた違う雀荘に行こうか、それとも先ほど二着ににやりとぶらさがっていた大男と打ち直そうか。珈琲の匂いを嗅ぎながら、先の雀荘の匂いを思い出し、今晩の予定を決めた。
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2013年6月19日水曜日

アサ

 私の部屋には一ヶ月ごとにこうして新しい少年が訪問してくる。大体は親子連れだ。口に咥えたシナモンスティックを離し、目の前の少年と話をする。はじめまして、とか。君の名前は、だとかというありきたりな問いに対し、彼は頭を掻き毟り、聞き取りにくい言葉を空中に散布する。
「すみません、もうすこしで落ち着くとは思うのですか」母親は狼狽しながらも少年をかばう。こういう光景を見るたびに母性の美しさを目の当たりにしたような気分になる。

 私の部屋に訪れる麻薬中毒者は年間で12人だ。
 私は非営利団体を、なんて胡散臭い言葉は使わないようにしているがしていることは似たようなものだ。麻薬中毒者の人間と向き合い、症状を軽くする。そんなことをしながら親から莫大な金を戴いている。
 母親が帰った後、彼を部屋に案内する。
「麻雀?」部屋にある三台の緑色の台の存在を知っているのなら話は早い。

 彼に麻雀のルールとこの部屋のルールを説明した。といっても麻雀のルールは使い古された本を渡しただけだったが。
 この部屋のルールは簡単だ。
一日の初めに賽で台を決める。
一日、同じメンツで打ち続ける。
トータルトップならなんでも好きなことができる。それだけだ。
「好きなこと?」
「なんでもいい」
「薬が欲しい」
「くれてやる。勝ち切れたらね」

 麻雀は不思議だ。勝っていても一瞬のミスで負ける。そのくせ、負け癖がつくとどんな幸運すらも手から零れ落ちる。負の連鎖が身を焦がす。這い上がれなくなる。だが、止められない。その身を焦がす思いから開放されるためには、打ち続けるしか道はない。

 少年は一週間、一度もトップに立てなかった。爪を噛み、頭を掻き毟り、頬を抓り、顔を洗い、据わった目で牌を見つめる。そんな生活を何日も続け、彼が入居して22日、やっとトップで一日を終えた。

「おめでとう、何かほしいものはあるかい」
「麻雀が強くなりたい、麻雀を教えてください」

 これで彼はもう麻薬中毒者じゃない。

 立派なジャンキーには違いないが。

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2013年6月11日火曜日

ボール

 息子に、久しぶりだね。と言われた。そうだなあ、とボールを受け取りながら言葉を返す。そして、息子にボールを投げ返す。息子の胸めがけて、そこを見つめながら、ビュッと投げた。でもどうして急にキャッチボールなの?
 
昨夜、サラリーマン麻雀に付き合わされたストレスを発散するため、途中で抜けだし、近くのフリーに入った。麻雀を上手いほうだとは思わないが、大負けせずに場代程度を払って帰る程度の実力はあるのでいい趣味だと思っている。だが、知った顔にへらへらしながら酔っ払いと牌を交えるほど社会に染まってはいない。
 卓に案内されてから、いつもどおりの勝ったり負けたり麻雀を繰り返していた。必死に打たないと大負け、だが、必死に打ってもちょい勝ち。これだから麻雀はやめられない。テキトーに打ってマンガンが成就されるサラリーマージャンなど何が楽しいのだ。
 対面の親父が勝ち頭だった。毎局勝負に絡んでくるその姿勢が強者ではないような気がするが、常に大物手を仕上げてくる。マンガン以下を一回もあがらなかったのではないか。強かった。
 数時間打ち、客が来たので抜け、帰るまでの数分親父の後ろで麻雀を見てみた。配牌がいいわけではない。ただ安上がりを拒否し、はじめからマンガンを作りにいくという打ち筋だった。
 強いですね、といった。どうしてそんな風にあがりに向かえるんですか。と聞くと、親父は嬉しいのか千点棒をこちらに投げ、投げ返してみろ、という。

投げ返した。

今、投げるときどこを見ていた?

親父のほうを見ていたはずだ。そうだ、と親父はいう。キャッチボールと同じだ。手元を、ツモをいちいち見ちゃいけねえ、大事なのは向かう先。見るのは上がり形だけさ。という親父の最後に見た上がりは綺麗なメンチンだった。

たまにはいいなあ、と息子は喜んでいた。そうだなあ、と返した。息子のグローブをじっと見て、目をそらさないようにボールを投げた。
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2013年6月4日火曜日

タイムマシーンベイベエ

 歩いていると、後ろから小汚い中年男性に肩を掴まれた。こちらの顔を見ると、にやりとし、口早にこうまくし立てた。
「これを読んでください。あなたの大事な人からですよ」
「なんだよおっさん、俺いま急いでるんだけど」
「私は頼まれただけですから」男はそういい、一枚の紙切れを残し去っていった。
 紙にはこう書いてあった。『三人はグル。3局目から牙を向く。対面が上がり役で脇はブラフだ。2sだ。キーは2sを振らないこと。信じろ。』

 一局十万、トップ総取り麻雀。麻雀連盟の先輩たちから誘われた。これは連盟の昔からの風習で、新入りはここで勝つとげんがいい、なんていわれたが、どうでもいい。目の前の金は拾う主義だ。だが3人が組む出来レース麻雀か、それにしてもあの親父は何者?
 悩んでいるうちに雀荘につき、先輩に囲まれた。
「金は持ってきたか?」
「百万あればいいですか?」
「少ないがまあ負けたら貸しといてやるよ」
「多分その心配はしなくていいですね」と挑発をしてみたが先輩たちはにやにやと笑うばかりだ。どうやらぐるというのもあながち間違ってはなさそうだ。

 半荘を二回終わり、2回ともトップだった。牌がいい。吸い付いてくる。負ける気がしなかった。60万の収入。勝負の途中で金の多寡を考えるのは運が逃げるというが、それは違う。いかにこれを守りきれるかが博才だ。
「半荘5回にしましょうか。だらだらやってもしようがないし。」というと先輩が色めきたった。勝ち逃げさせるわけにはいかないと。「ではレートあげましょう、いくらでも」
 三回目の半荘が始まった。親父の紙では対面が上がり役。だが関係ない。麻雀ってもんはいつもの自分をどれだけ再現できるかにある。
 三軒リーチがかかる。場流れのルールはない。
 対面をケアするなら2s。だが上家が親。親の安牌を切るのがベターではないか。いつもなら親の安牌、南を切るだろう。
 タバコを吸おうとポケットをあさると先ほどの紙が地面に落ちた。拾い、ふと見る。
『2sだ。信じろ。』
 じーっと紙を見つめ、くしゃりとつぶした。南を強打する。あの親父が相手とぐるという危険もある。それに、人に言われて何かを決めるなんてことがしたくないから、こんな商売を選んだんだ。
「ロン、ちょいと高いぜ」13種の異なる牌が目にちかちかと移りこんだ。
 それからは振込みの連続で200の借を背負うことになった。あの時あの紙を信じていれば、とは思えなかった。たらればは博徒の禁句だし、なにより麻雀は一人で打つものだ。

 5年経った。借は2000まで膨らんでいた。働けど働けど、打てど勝てど吸い尽くされる。もう終わりかもな、と思うところに、奇妙な男が表れた。昔の自分にラブレターを出すとしたらなんと書きますか?と男はいう。よく見るとあのとき手紙を渡してきた怪しい親父のようにも見える。
『三人はグル。3局目から牙を向く。対面が上がり役で脇はブラフだ。2sだ。キーは2sを振らないこと。信じろ。』と書いた。その後に、なにか一言書き足そうとしたが辞めた。これが人生って奴だ。南を打つはずだ。だが、間違っていない。落ちぶれた今、南を打てるのか。怪しい。最近は何を信じていいか分からなかった。簡単じゃないか。

「ありがとよ」と男に言うとにやりと笑った。自分を信じる。ただそれだけだ。タバコに火をつけ、卓に座った。この日は久しぶりに、牌が手に吸い付いてきた。

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2013年5月28日火曜日

水流

 梅雨に入り雨がやまない日が続いていた。六月に入ってからの雀荘「ミナミ」の売り上げは目も当てられない。久しぶりに晴れた今日もお客さんは近所の爺さんが一人だけで、のんびりと茶をすすっていた。
 メンバーが集まるまで暇なので、雨で汚れた窓でも拭こうかと思った。ふとベランダ、といっても畳み半畳程度のコンクリート、を見ると水がたまっていた。
「ああ、こりゃいかんねえ」と爺さんが後ろから覗きながらそう言った。ゴミが詰まった程度だろうと掃除をしてみても一向に水ははけなかった。「手伝おうか」と爺さんは身を乗り出し、ちょいちょいと触ると水が少しずつ減っていくようになった。
「なんか詰まっていたんですかね?」と聞いた。
「錆やなあ、取り替えた方がいいやろう」とのことだ。売り上げが少ない今月には辛い出費だ。「それと傾斜が逆やなあ」
「ビルの傾斜ですか?」
「いや、ベランダの傾斜。これじゃあ水はなかなか落ちん。そやから腐食が進んだんやろ」なんでも昔は水道屋に勤めていたというこの爺さんに格安で直してもらった。持つべきものはお客様だ。「水は高いところから低いところに落ちるからな、これでええやろ。」と簡易的な傾斜をつけてもらってからは水はけの調子が良いような気がする。
 数日後、爺さんを含めた4人で麻雀を打っていた。トップ目の私は南入りしたので引き気味に打っていた。すると爺さんのダママンにあたり三着転落、次巡に運頼みリーチといったが、爺さんに追いかけられ、4着に転落した。
「水は高いところから低いところに落ちるからなあ。」と笑いながら爺さんは話す。「人もそうなんやろうなあ、体のほとんどは水や言うしなあ」
「どうやったら上から下に落とせますかね?」と社交辞令で聞いてみた。今のはただのミスで、しようがない。流れなんか考えたこともないが、こういう話を年寄りは好きだ。
「まあそれは水道屋の専売特許やいうことにしといてや」と笑った爺さんはこの日も勝ったり負けたりで一日をつぶして帰っていった。


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2013年5月19日日曜日

梅昆布茶


 雀荘の店長をしていると妙な常連客も寄り付いてくる。雀荘という商売上しようがないことなのかもしれない。やんちゃな若者や酔っ払いならなだめてやればいいが、ぼけた爺さんは特にやっかいだ。
 ヒフミさんは常連客の一人だった。御年74だというひふみさんは普段はいい爺さんなのだが突発的に大声を出したり牌を叩きつけたりしてしまう。つまりは呆け老人だ。少ない年金を握ってやってきてくれるのは嬉しいが、店の建前もある。そろそろ出禁の旨を伝えようと悩んでいた頃だった。息子を名乗るミロクさんが店にやってきた。
親父、帰ろう。とミロクさんはいう。だが、ヒフミさんは「お前は誰だ。息子なんぞいない」といって聞かない。親父、こんなになっちまって…と嘆くミロクさんの腕から龍の彫り物がちらりと見えた。
「店長さん、すまねえが、一局囲んでもらえないかい」と息子のミロクさんに頼まれた。ここは雀荘なので断る理由はない。「親父、麻雀打ちながらじゃねえと昔からおれの話聞かねえんだよ」隣のボケ老人は麻雀が打てるとなるととたんに機嫌をよくし、背筋を伸ばし卓についた。
 ヒフミ爺さん、ミロクさん、私での三人麻雀が始まった。私は大人しく帰ってくれればそれでよかったので、場を荒らさずじっとしていることにした。
 ヒフミさんが、ドラの北を抜く。一枚、二枚。数巡後さらにオタ風の西を暗カン。新ドラはイーピン。捨て牌はソーズの染め手模様、だが、テンパイはまだだろう。カンをしたときはツモ切り、わざわざカンしたのだからテンパイがベターだからだ。爺さんはこの辺りがぬるい。
 ミロクさんも同じ考えなのかソーズを強打する。
「ロン」メンホンドラドラに刺さる。私とミロクさんは目を見合わせた。
「囮じゃよ、ぬるいんじゃないかい。ミロク」さっきまでお前は誰だ、などとミロクさんに言っていたのに調子のいい爺だ。ミロクさんは目を少し赤らめ腕をまくった。龍の叫び声が聞こえるようだった。
「へえ、すまねえ親父。見苦しい麻雀を。男ミロク。約束を果たしにムショから帰ってきやした」物騒な話が始まり閉口した。二人の会話は終わらない。「引導を渡させていただきやす」引導も何もこの爺さんは隠居生活をしているはずだが。そう思い、ちらりとヒフミさんを見ると若々しい目をしていた。ぎらぎらとした炎を理性で小さくとどめて入るような博徒の目だ。
「わしの脳はもう長くはもたんから手短にな」博徒はじとりとそう言葉を滲ました。私はその声で手に汗を書いていた。
「カン」ミロクさんが2ピンを、さらに5ピンを「カン」くっと笑うヒフミさんは東をカンし手出し4ピン切りだ。考えたくはないが、2-5ピン待ちをミロクさんが潰し、ヒフミさんは34ピンの形から3ピンを重ね、334からの打4ピン。そうなるなら3ピンと何かのシャボが濃厚。問題は、テンパイか否か。
 私は邪魔するわけに行かないので、現物で一巡凌ぐ。
 場が沸騰する中、ミロクの選択は1ソーだった。
 しばらくの沈黙が続く。
ヒフミさんは山からツモを引き寄せた。
「ツモ」の発声と同時に卓上に顔を出したのは麻雀の神様1ソーだった。

 うなだれるミロクさんに、じいさんは暖かい微笑を向けた。麻雀が終わると、ヒフミさんはいつものとぼけた爺さんになってしまった。その日以来、ヒフミさんは来ていない。風の噂ではガンを患ったらしいが、真相はよくわからない。

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2013年5月13日月曜日

カプセル怪獣


雀荘の常連の親父が「また島田の優勝か」とぼやく。島田圭翁。プロ麻雀界の創世記から君臨する帝王。ミスターと呼ばれ、麻雀を打つもので知らないものはいない有名人だ。
「もう年なのに凄いですね、衰えを感じないっていうか」と世間話らしい返答をしてみる。
「でもそろそろ世代交代がみたいんだよなあ」と親父は想像通りの世間話らしい返事をしてくれた。
「世代交代の前に一度くらい囲んでみたいですね」
「島田とな、確かに。麻雀打ちの夢だよなあ。それこそ最近は毎回決勝で島田とあたるあいつがうらやましいよ。あいつだよあいつ、ほらへんてこなピエロのお面被った、なんていったかな、ああ、そうそう…」

 最近プロ麻雀界に奇妙な男が現れた。麻雀雑誌は、彗星のように現れた新人類!だとか、ネットが生んだモンスター!などと煽っているが、実際はただの根性無しの若者なのだと思う。
 お面雀士“ウィンダム”ネット出身らしい彼は顔を見せることを嫌いピエロのお面を被り卓につく。実力は折り紙つきで、毎回必ず決勝まで残る。だが、決勝ではなぜか打ち筋が甘く、毎回顔に、いや面に、泥をぬる結果となっている。麻雀屋の店長の私は本当は興味などないのだが、麻雀好きの最近の話題はウィンダムで持ちきりだ。

 夜。小遣い稼ぎのバイトに行く。
 やくざの代打ち。雀荘のけちな売り上げではクビが回らない、と自分に言い聞かせているが、たんに痺れるような麻雀が打ちたいだけだった。この商売を生業にした瞬間から、長生きする気などない。感性を磨くだけ磨いて潰れてしまいたい、とどこかで思う自分がいた。
 媚びうる組長の車に乗り、卓に案内された。毎回、やくざな人間ばかりが卓を囲んでいるが、今日は珍しく堅気風な若者がいた。話を聞くと、麻雀で稼ぎ、ここまでたどり着いたチンピラらしい。後ろ盾もないままこのレートに座れるのだから、本物なのだろう。

 勝負は五分五分だった。毎回接戦なのだが、それでも少しの隙で相手が落ち、なんとか生き残れていた。だが今回は朝まで五分で、勝負は持ち越しとなった。
「かーっ、この俺が場代負け?ありえないありえない」堅気の若者はそういいながら立ち上がる。「まあいいんだけどね、今日はこのくらいにしといてやるってことで」ふざけた口調だが実力は本物だった。きちんと生きていればまたいつか囲む日がくるだろう。「そうそう、組長さんこれ買わない?今度の決勝でおれの代わりに打つ権利とお面を。五百でどう?たぶんまた島田さんも残るんじゃないかな?」若者は、組長にピエロのお面をはした金で売っていた。

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2013年5月6日月曜日

能ある鷹


(第一打は麻雀の神様、鳳凰さまから。)
 雀荘に通う青年イチはそう思いながら第一打を放つ。だがこの局は積極的に前に出ない。配牌が悪いときにじっくりと構え育てるような男ではなかった。イチは早々にこの局を捨て、上家の親に鳴かれないようにじっと身を潜める。対面の店長が軽上がりをしてくれたので上出来だ。
 次巡、店長の親で赤2枚の好配牌。
(好配牌は攻配牌ってね)と手を進める。
第一打は2sから。普通なら食いタン赤2に育てそうなものをイチはそうは打たない。はじめから1sと何かのシャボに構える。
「リーチ」
 イーソーと8mのシャボ第一打の2sがミソだ。店長が一発で振込み、このマンガンを守りトップを手に入れた。
 イチはその日もしっかり小遣いを握って帰り、繁華街に消えていった。
「店長イチさんと相性悪いですね」店員が店長にそう言う。「うまいですよね、どっしりと構えて能ある鷹は爪を隠すっていうんですかね」という言葉に店長は「そうだよねえ」とのんびり返していた。

 繁華街。イチは今日もキャバクラZEROに入り浸っていた。麻雀で稼いだ金はすべてここに消えていた。
「あかねちゃん今度絶対デートしようよ!」
「そうねえ、新作のバック買ってくれたら考えようかな」
「おうおう、まかしちょきなあ、約束だぜえ」とイチは上機嫌だ。

 キャバクラの店員が店長に耳打ちをする。
「店長、あかねちゃんの客、あんな身なりなのになかなかパンクしませんね。どこかのボンボンなんでしょうか」
「ふっ、麻雀打ちだよ」
「麻雀打ち?それであの豪遊ってことは相当の腕なんですかね」
「さあなあ」とそういうと店長は電話がかかってきたのか外に出た。

 外に出ると大きな黒い車からやくざの親分が降りてきた。
「おい、用意はできているか」と一言声をかけると店長はキャリーバックに入った大金を渡した。「今夜は大事な一戦よ」というと車に入ると、隣に座る代打ちにへこへこしてやがる。とても強そうには見えねえたたずまいなんだが当分この代打ちを雇っている。

 なんでも昼間は麻雀屋の店長をしてるのだとか。

 だがまあ負ければ代打ちが飛ぶだけよ。ついでに組も飛ばしてくれりゃ俺も少しはましな地位に昇れるんだが、おっと、こいつは秘密だ。能ある鷹は爪を隠すってな。

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2013年5月3日金曜日

CUT COPY



―対面のCut Copy(以下CC)のリーチ。早い巡目の親リーだ。捨て牌を見ると3mを切った後の宣言牌4m。25mが本線。無難に降りるべき。浮き牌はドラの“白”とオタ牌の“西”。迷わずに西を選ぶ。
CC         「ロン」
―西単騎のチートイツ一発ドラドラ。
CC         「親のリーチに対してシャンテン押しする可能性15%」
「タンピン系で手を進めるときオタ牌を残す可能性82%」
「リーチ後浮いたオタ牌を打つ可能性90%」
「現状最も“ラモン”に有効な待ちは“西”」
「有効な待ちは“西”」
「有効な攻撃認定」
「データを追加します」
ラモン    「この西を狙いに来るのか。噂どおりのイカレたコンピューターじゃないか。だが常に進化するラモン様の麻雀を捕らえられるかな?」
―その後、また余剰牌を狙われてのチートイツ一発放銃。
CC         「ロン」
ラモン    「む」
―次巡リーのみに刺さり、飛んだ。
CC         「ロン」
              「ミッションコンプリートミッションコンプリート」
―そして俺のネット麻雀AAAクラスのアカウント“ラモン”を奪われた。

ネットの噂          
IDを奪うウイルス?」
「そう。運営も手を焼いてるって。上位ランカーの半分はやられたんだ。」
「トップランカーのラモンも消えちまったんだろ。」
「ウイルスがアカウントを消しちゃうの?」
「麻雀で負けたアカウントを、な。」
「コンピューターに上位ランカーが簡単に負けるもんか。」
「それがそのコンピューター、相手の情報を読み取ってそいつに合わせた最適行動をしてくるんだと。」
「個人戦特化のデータ麻雀。サシ馬相手との戦績は無敗。」
「その名もCut Copy。」
「へえ、面白そう。じゃあ俺がその記録を止めてやるよ。」
「引っ込みな雑魚。」
「残念ながらCC500戦以上打ったAクラス以上のアカウントとしか打たないんだと。」


ダニー    「全くはた迷惑なウイルスだよ。おれのラモン垢も潰されちまったし。結構時間かけてるんだぜ?」
           「で、かの有名な元ラモンさんがBクラスのぼくに何の用ですか?」
ダニー    「デコピエロくん、あんたが凄腕のハッカーだって聞いたんだけど。」
ピエロ    「噂でしょう?ただの引きこもりですよ。」
ダニー    「あんたならあのウィルス止める方法知ってるんじゃないかって。」
ピエロ    「話聞かない人ですね。でも知ってますよ。噂ですけど。」
ダニー    「さすがはネットに張り付いた生活を送ってるだけあるね。聞かせてよ。」
ピエロ    「・・・一度でも負ければ止まる設定をしてるみたいですよ。あくまで噂ですけどね。Aクラスの皆さんがしっかりしないとネット麻雀最強の座をコンピューターウィルスに取られちゃいますよ?」
ダニー    「へえ。そいつは分かりやすくていいな。それともう一つお願いがあるんだけど。サーバーに潜り込んで、おれのデータを書き換えてくれないかな?」
ピエロ 「無理ですよ、アカウントの情報を書き換えるなんて。第一ただ潜り込むのにだって何日かかるか。麻雀のし過ぎでついに脳みそ解けました?」
ダニー    「時間はある。俺が500戦打たなきゃいけねえ。」
ピエロ    「・・・?」「AAAクラスのアカウントを上書きするんじゃないんですか?それなら実力あるんだから、新しいアカウントで勝負したらいいじゃないですか。」
ダニー    「あんたに書き換えてもらいたいのは、俺の情報。勝率はどうでもいい。リーチ率。フーロ率。放銃率。アガリ率。シャンテン押し。全てだ。CCと打つ資格を取ったあとの新しいアカウント“ダニー”のデータを、消されたラモンの戦績にしてくれないか?記録は残してある。」
ピエロ    「それになんの意味が?」
ダニー 「一度躓いたからには同じところから歩き出したいのさ。」
ピエロ    「めんどくさい性格ですね。」
ダニー 「よろしく頼むぜ、天才ハッカー。」
―数日後
ダニー 「出来たかい?こっちはとっくに準備完了だぜ。」
ピエロ 「いつでも書き換えられますよ。なんなら名前も。段位も。AAAクラスに戻しますか?」
ダニー    「いや、そいつはいい。別に肩書きはどうでもいいから。」
ピエロ 「そうですか。…1つ、潜り込んで分かったことがあるんですけど。あのウイルスIPアドレス付ですよ。」
ダニー    「ん?どういうことだい?」
ピエロ    「プログラムじゃないってことです。あいつはウイルスなんかじゃない。ただの人間です。裏でプレイヤーが操ってます。」
ダニー 「あぁ、そういうことか。」
ピエロ 「驚かないんですか?データを見られてるとは言え、いまだ無敗中なんでしょ?」
ダニー 「AAAクラスになるまで打ってると相手の呼吸くらい聞こえる。嘘じゃないぜ。なんとなく分かってたよ。だからこそ、負けたくないんだ。」
ピエロ 「そうですか。まぁ、ご検討を。」
ダニー    「久しぶり。」
CC         「アカウント カケル サシウマ ニギル ?」
ダニー 「あぁ。またしびれさせてくれよ。」

CCの早いリーチに対し、一発でドラを切るダニー。
ダニー    「今度こそ潜り抜けさせてもらうぜ。」
―その後、テンパイを入れなおし、リーチ。CCの放銃。そこからダニーの猛攻が始まる。
ダニー    「負ける気がしねえ。こういうのを人間さまは流れがきてるっていうんだぜ?」
―得意の早上がり。先制リーチで場を流していく。オーラス。CCとの差は12000点、ハネツモ、マン直で捲くられる。CCのリーチがかかる。手には安牌らしき1sが三枚。ドラの8mが2枚。1sに手をかけようとしたとき、脳裏に東一局、また以前飛ばされた時の情景が浮かんだ。
ダニー    「この選択をするために、俺は戻ってきたんだ。フォームを守るのか。セオリーを守るのか。悩んだとき、最後に何を信じる。おれは感性を信じたい。フォームは崩れていい。崩れたらまた積み上げればいいんだ。目の前の勝負に潜り込め。感覚で選ぶのは、当然。」

ピエロ 「惜しかったですね。」
ダニー 「見てたのか?いい勝負だったろう?」
ピエロ 「最後のドラ押しは意地ですか?」
ダニー 「ん…いや最善手だろうと思う。読みきられちまったね。」
ピエロ 「痺れました。またやりましょう。」
ダニー 「・・・え?」
ピエロ 「I’m Cot Copy.

―画面では未だCCが「ミッションコンプリート」と声高に叫んでいた。

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あいつによろしく



東京のオフィス街のとあるビル。僕はここの会社の営業マンとして働いている。働き始めて3年とすこしがたった。
「何回同じこと言わせたら気が済むんだよ!本当にいつまでたっても使えない奴だな!」と言ってくる部長に対して、すみません、と謝ることにも何も思わなくなってきた。毎日同じ電車に乗り、同じ時間に会社に行き、同じような仕事をこなしている。これを乗り越えるのが人生だと言い聞かせてはみるが、本当にそうだろうかと何度も思う。

 休みの日、懐かしい駅に降りた。大学のとき、毎日見ていた駅。この街に来るのも何回目だろう。仕事に疲れるとここに海を見に来る。学生の頃住んだ街に来ると、なぜか落ち着く。海を眺めながらタバコに火をつけた。(飯でも食うか)と思い、歩いていると懐かしい看板が目についた。雀荘「トンチンカン」の看板。
「懐かしいなあ。」ふと口から言葉が出た。雀荘の階段を昇った。学生のころ友人たちと何度か来た雀荘。遊ぶといったら麻雀だったなあ。
「いらっしゃいませー!すみませんね、お客さん今ちょっと僕だけで…」
 目の前には、大学のときの友人のケンジがいた。
「ケンジ…?お前会社は?」
「やめたよー」けらけらと笑いながらケンジはそう言った。
「やめたって、お前今何してるんだよ!」
「ここでバイト。アキこそなにしてんの?まぁ、座れよ。」
 雀卓のいすを引かれながら、久しぶりに大学の時のあだ名で呼ばれた。
「はぁ、なんで辞めちゃったんだよ。人間関係とかか?」
「いやまぁ、」苦笑いしながらケンジが言う。「なんとなくだよ。なんとなく違う気がしたんだよね。」といいながら棚をごそごそとするケンジ。
「コーヒーでいいか?」
「あ、あぁ…ナシナシで。」
 
 気まずい沈黙が流れる。沈黙に耐えられなくなったのか。
「暇つぶしにゲームでもするかあ。」とケンジが口を開いた。麻雀牌を伏せてかき混ぜている。「面子足りないときによくしたよな。」ケンジがそう言い、思い出した。
「おお、懐かしいなぁ。牌の種類を当てるやつだな?」
 伏せた麻雀牌が、ピンズかマンズかソーズか、字牌かを当てるだけのゲーム。4人集まるまでの暇つぶしによくしていた。
「先に三回当てた方が勝ちな、ぴーんず。」
 そうケンジがいい、めくる。牌はイーピンだった。
「ほれ、おまえだぞ。」
「…マンズ。」ソーズの6.外れだ。「で、何で雀荘にいるんだよ。」
「あー、なんとなく駅歩いてたらさ、この店のこと思い出して入ったんだよ。で、ここのマスターとな、ちょうどこのゲームしたんだよ。そしたらここのマスター…百発百中で当てやがったんだ!すごくねえか!マンズ!」
 マンズの5。ケンジ的中。
「…で?」
「会社辞めてバイト。」
「馬鹿馬鹿しい、ガン牌か何かだろう?」
 字牌を指定してめくると白だった。当たりだ。
「と、思うだろう。ところがここの牌は俺が毎日磨いてるんだなあ。」
「ケンジ麻雀好きだったもんなあ。」
「でもアキの方が強かったよ。」
「そうだっけか?」
「うん、上手かった。…ふぅ、イーソー、かな。」ケンジがめくった牌は、イーソーだった。当てなくてもいい数字までぴしゃりと当てた。「俺の勝ちだな。」
満足げにケンジは笑った。

「やっぱりガン牌なの?」そう聞くと、くくっとケンジは笑った。
「なあ、牌を触るときって別に見てなくても触れるだろ?」
 ケンジは俺のほうを見ながら手元の牌を触っている。
「まあ、触れるよね。」
「人間ってさ、わざわざ牌を見なくてもなんとなく触れるじゃないか。これって機械にできない人間だけの能力だと思わないか?」俺のほうを指差しながらケンジは話続ける。「このなんとなくを俺は積み重ねていきたいんだよ。」

「なんとなく触れる、なんとなく選ぶ、そしてなんとなく上がれる、そうなるのが今の目標なんだ」にこりと笑うケンジの顔が胸に刺さるような気がした。


「それが会社辞めた理由?」
「ああ、おれはなんとなくこっちの生活のほうがあっていると思う、おかしいだろ。笑ってもいいぜ?」
「いや、うらやましい。」素直にそう思った。「俺にその感覚はないみたいだ。」

「あるよ。」

「え?」

「ある。…イーソー」
そういうとケンジは数多くある牌の中の二枚をめくった。イーソーが二枚、めくれた。さっきのイーソーと合わせて三枚めくれている。

「ひけよ、お前なら」
 
 ケンジはこちらの目を見ながら

「お前なら引ける。」

そうはっきりと言った。どきどきと自分の心音が聞こえる。目の前のことにももちろん驚いていた。でもそれだけじゃなくて、もしかしてこの牌を引くと、僕の生活はまったく違うものになるかもしれない。なんとなく、そんな気がしていた。ドクドクという自分の心音を聞きながら、牌に手を伸ばし、人差し指と薬指ではさみ、中指を添えた。そのまま上に上げ、


バンッと辞表を部長の机にたたきつけた。口の開いた部長を背中で感じながら、会社を出た。自然と口元が緩む。雀卓の上に微笑むイーソーをまた思い出していた。


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